高齢者と若者

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トッド(Todd)

2極化された
コミュニティーを
繋がないと

このことが極点的・時代的に大きく隔てられ、分断されたコミュニティー形成になっていると感じ、それぞれの日常生活にはそれが当たり前だと考える異なった瞬間がある。

それらはギャップを伴い、同じ時を生きているはずなのに意識を働かせなければ交わることない関係性にあることに違和感を覚える。

それは自分自身、コトを書く中で自問自答するテーマになっている。

若い人は自身の生活の中でネットワークに繋がることを主体としたライフスタイルに馴染む一方で、仮に85歳の人がスマートフォンを使っていると「ご高齢なのに凄いですね」なんて言ってみたり。

そこに客観視を覗かせることは間違っていると思う。

本物の、時代の体験談はその時代を生きた人の気持ち・言葉からしか分からない。

今の自分が二十歳だとしよう。それだと誕生してからの20年の歳月の内に体験・体感し、抱いたコトがその人の真実だ。

過去の真実、10年遡りたいのなら30歳以上の人に聞かなければ絶対に分からない。

20年遡りたいのなら40歳以上の人。

30なら50

40なら60・・・

各世代が集まって、やっと分かって1世紀分の真実が分かる。

「令和」という時代を迎えて、3択目を見つけていきたい。

伝言ゲームは間違える可能性がゼロではない。だからこそ”ゲーム”として成り立つもの。

ゲームは作れるコトを知っているし、
勝者と敗者しか設定されていないコトも知っている。

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