ストレスとは、自己が定めた境界線に触れること

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トッド(Todd)

マジ、ストレス

ストレスとは何でしょう?

何かにつけて「ストレス」と呼ばれる言葉を用いて私達は日々を生きています。

環境的・心理的・物理的・感情的。影響する因子を細かく見ていけば、すごく沢山ありますね。

ストレスの語源は、「物体に圧力を加えることで生じる歪み」として物理学の言葉で使われていましたが、1936年カナダの生物学者ハンス・セリエが科学誌ネイチャーに「ストレス学説」を発表したことから、生理学的な意味で用いられるようになりました。と、あります。

現代における馴染みある意味には、「刺激を引き金とする生体機能の変化」とあります。

このことは知っているし、何となく理解していますね。







話は少し逸れますが、

最近になって、人生観の変わるニュースに出会いました。

それは、「1キログラムの定義が変わる」という内容です。

参考 約130年ぶりに「キログラム」の定義が改定へPC watch

だから何?

そんな風に考える人がいても、おかしくはありません。実際、日常生活において関わるような大きな変化はありませんでしたから・・・

けれど、1kgという定められた単位(値)は誰かによって定められ、決められているという捉え方をすると、どうでしょう?

1kgは1kgとしか、多くの人は説明することが出来ないと思います。僕もそうです。

1kgという値は1000gでもあります。

それは、ある重さの略称だと認識することが出来ます。

ココで言いたいのは、略称というのは包括的に本質を隠すような呼び名となり、【定義】は「変わるもの・変えられるもの」だ。という事です。

義を誰かが定めたモノが「定義」であると学び、僕は新しく新鮮な価値観を知りました。

初めに言っておきます。

僕は医者でもなければ、精神のプロでもございません。ただ自分がどのように想い、解釈するのか?についてあくまで自論だという認識でココから先は読み進めてほしいと思います。

「ストレス」=「まやかし」だと僕は思っています。

それは、どのような解釈・捉え方をするか?によって、その事象に対する意味合い・反応は変化するからです。

捉え方について、「思考は現実化する」流行りましたよね。

ストレスについて簡単なジャンル(環境的・心理的・物理的・感情的)分けをしてみました。

一見、異なるジャンル要因があるように思えますが、どれもが内で大小要素で存在すると僕は考えます。

ここからは、簡単な例を用いて書き進めたいと思います。

1,小さいストレス

小さいストレスについてはピンポン玉を想像してください。ピンポン玉の大きさは直径40ミリで重量は2.4gとします。

このピンポン玉を片手に1つだけ持ち、シャドーボクシングをしてみて下さい。

どうでしょう、持っていない・持っている時と比べてほとんど変わらないと思います。

しかし、小さいストレスが1つだけというのはあり得ないと感じる例え話ですよね?

ですので、今度はピンポン玉1000個を両手で持っているコトを想像してみてください。

コレは、定かではありませんが恐らくすべて持つことはできないでしょう。むしろ、両手からこぼれ落ちたピンポン玉は音を立てながら床に散らばり、その人は真っ先に拾い集めようとするでしょう。

その人の歩みは止まり、目先のコトに注意を払うようになります。

それは、聴覚・視覚・触覚を犠牲にしたコトと同じです。

唯一、無視が出来るようになるように解釈を改められるかどうか?その選択肢があることがメリットだと言えます。

この一連を、「小さなストレッサー」と呼びます。

2,大きいストレス

大きいストレスについてはダンベルを想像してみてください。その重さは10kgだとしましょう。

10kgですから、お米をスーパーで買ったことがある人は想像しやすいかもしれません。

重いですね。

ストレスの語源には、「物体に圧力を加える事で生じる歪み」とありましたが、コレを「負荷」だと考えることにしましょう。

まず、何も持っていないときに歩いたり、走ったり、スキップしたりする事は容易な発想ですよね。

反対に10kgの負荷を持ちながら歩く・走る・スキップすることは・・・出来る人もいますが中には苦に感じる人もいます。

大きなストレスにもメリットはあります。

それは鍛えるという発想が出来る点です。

鍛えることはバネに成り得る可能性を秘めており、一方で負荷に耐えられない可能性もある一面も持っています。

この一連を「大きなストレッサー」と呼びます。

ここまでに「小さいストレス」「大きいストレス」を2つの要素にして「ストレス」を分け隔て、見てきました。

ここからは、よくあるストレス解消方法と言われている事柄を用いて、どうしてストレスが「まやかし」という考えを抱くようになったかについて書き進めていきたいと思います。

ネガティブなストレスを抱き続けると人はどのようになると言われていますか?

睡眠不足・猜疑心・嫌悪感・イライラ・不安・緊張・恐怖・劣等感・自己否定・憂鬱・無気力・嫉妬

ザッと思いついた事を書きました。

上記のキーワードの中には1つだけ仲間はずれがあります。

それは、『睡眠不足』です。

その他のキーワードは、精神的な支柱に負荷のかかる要素だという事です。

ストレスの順序は「心が折れた後に身体に影響し始める」です。

ですから、「睡眠不足」を解決しようと思えば、心的外傷になる”要因”を突き止めなければなりません。

好きな〇〇をしてリラックス

よくある方法ですよね。

確かにリラックスすることは大切な事だと思います。

が、本当にリラックスできるかどうか?そこが盲点になっている。

音楽を聴く・運動をする・本を読む・ラジオを聴く・映画を観る・マッサージを受ける・観光する・美味しい物を食べる

こんなもんでしょうか?

これらを行った結果あなたのストレスは発散ではなく、解決しましたか?

一時的な”発散”には、なるかもしれません。しかし、根本的な解決には至らない。正解は自論の中にあると思います。

人は、外から中に入ってきたものを外から解決しようとします。そうではなく、内側から外にかけて見ていく必要がある。

でなければ、都合の悪い「罪悪感」を感じるようになり、それはネガティブな、新たな芽の成長を促し、蔓延る種となり得る。

あなたにとって
その「ストレス」は何?
どう解釈し捉えるか。

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